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名古屋地方裁判所 昭和44年(行ウ)4号 決定

原告 脇田勝重

被告 昭和税務署長

訴訟代理人 服部勝彦 外三名

主文

本件申立を却下する。

理由

第一、申立の趣旨

被告は左記の文書を提出せよ。

(一)  脇田重平に対する更正処分をするために収集された一切の資料。

(二)  原告の

(1)  昭和三七年、三八年、三九年、四〇年分各所得に対してなされた昭和四二年九月二五日付更正処分

(2)  昭和三九年、四〇年分各所得に対してなされた昭和四三年三月二日付再更正処分

(3)  昭和三九年、四〇年分各所得に対してなされた昭和四四年一月二七日付再々更正処分

について収集された一切の資料。

なお、本件の如き場合、提出を求める文書は納税義務者名、所得年度、更正処分の年月日のいづれかで一括して整理されているので特定されているというべきであり、それ以上に個々の文書についてまで特定することは要しない。

第二、文書提出義務の原因

(一)  前記第一(二)の文書は、原告の租税債務の存否に関して作成された書類であるから、いわゆる「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付作成せられた」文書であり、民事訴訟法第三一二条三号後段に該当する。

(二)  仮に右主張が容れられたいとしても右文書は、原告が閲覧を請求することのできる文書であるから、民事訴訟法第三二一条二号に該当する。

仮に右閲覧を求める根拠規定がないとしても、現行の租税法は申告納税方式を原則として採用し、申告に疑義のある場合に限り税務署長が納税者より必要な書類の提出を求め、あるいはその他の調査をすることができる立前になつているところ(例えば所得税法第二三四条、第二三五条)、右調査手続は憲法第八四条の定めるところにより合法的に行われなければならず、またおおよそ自らの租税債務については、その課税の根拠を調査し、その真否を確認できなければならない。従つて右調査手続が合法的に行われたか否か、および税務署長の収集したもののうちに租税債務の存在を否定する資料が存するのではないかを確知し得るため、右文書の閲覧を請求できると解すべきである。なお行政不服審査法第二八条、第三三条が物件の提出要求やその閲覧を認めているのは、原告の右主張とその趣旨を同じくするものである。

第三、裁判所の判断

(一)  民事訴訟法第三二一条には文書提出義務が規定されているが右規定の趣旨は要するに挙証者がその主張事実を立証するために当該文書の獲得が必要であると認められた場合に、その提出により所持者が蒙むる損害を比較考慮のうえ、その所持者に対し、文書の提出義務を課するものであると考えられる。従つて、文書提出命令の申立に対しては、立証事項の重要性およびその立証の必要性、文書と立証事項との関連性、文書が証拠として値いするだけの客観的性質を有するものであるかどうかという文書の性質、所持者が自己固有の使用のため作成したものにすぎぬのではないかという文書作成の目的、プライヴアシーの保護等、諸々の点を総合的に考慮して、その許否の判断がなされるべきものと解する。

(二)  ところで原告は本件各更正処分の違法事由として、原告の右各年度における確定申告額を超える所得は存しないにも拘らず右申告額を超える所得額を認定したことを摘示し、右違法事実を立証(反証)するため前記第一に記載のとおり文書を表示し、右文書が民事訴訟法第三一二条三号後段又は同条二号に該当するとしてその提出を求めている。

(1)  しかし同条三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられた」文書とは右の法律関係に何らかの意味で関連ありと考えられる一切の文書をいうものではなく、前記(一)で述べた如く、右規定の趣旨からある程度制限されるものと考えられ、結局、前記(一)の各諸点を考慮のうえ、同号に基づく提出命令に対する許否を判断すべきである。

(2)  また、同条二号の閲覧を求め得る場合とは実体法上かかる権利を有する場合をいうのであるが、更正処分に関して収集されまたは作成された一切の資料の閲覧を認める一般的な規定は存しないので、更に具体的な文書について閲覧を認める実体法上の根拠があるかどうかおよび前記(一)の諸点を考慮のうえ同号に基づく提出命令の申立に対する許否の判断をすべきである。

(三)  従つて、 以上のような文書提出命令の申立に対する許否の判断基準に照らすと、原告の本件申立におけるような文書の特定方法では、その許否の判断をすることは不可能であり、したがつて、文書の特定がなされているものとはいえない。(この結論は、仮に行政不服審査法第二八条、第三三条により審査請求の段階において閲覧を請求し得たものが民事訴訟法第三一二条二号に該当するとしても影響はない。)

よつて、本件申立は不適法であるから却下することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 越川純吉 笹本忠男 熊田士朗)

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